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広島高等裁判所 昭和23年(上告)153号 判決

上告人 被告人 岡恒治郎 吉村勇吉

弁護人 御園生忠男

検察官 本位田昇関与

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人御園生忠男の上告趣意は別紙添付上告趣意書と題する書面記載の通りであるから当裁判所はこれに対し次のように判断する。

昭和二十二年五月二十二日附指令商工第二千二百二十二号山口県知事告示によるときは海藻加里灰に付ては興国化学工業株式会社萩工場の販売価格山口県農業会の販売価格市町村農業会の販売価格につき夫々その統制額が定められてあるが一般肥料販売業者の販売価格についてはその統制額につき何等の定めがない従つて一般肥料販売業者の海藻加里灰を販売するに当つては統制額超過という問題はおこらないがそれかといつてその販売価格については何等の制限がないとはいえないもしその販売価格が不当に高価なりと認められるときは物価統制令第九条の二違反となること勿論であるそこで本件の場合被告人のなした取引につきその販売価格が不当に高価なりや否やが問題となるわけである思うに販売価格が不当に高価なりや否やは一般社会通念に照し決定さるべきものであつて物品につき統制額の定めのないときには類似の物品に付定められた統制額、物品については統制額の定めはあるが販売主体との関係に於て統制額の定めのない場合には類似の販売主体につき定められた統制額、仕入価格販売価格を参酌しこれに各般の事情特に当事に於ける経済情勢を考慮に入れた綜合的見地より為さるべきものである而して本件については一般肥料販売業者の販売価格については統制額の定めはないが興国化学工業株式会社萩工場県農業会市町村農業会のそれについてはいずれも販売統制額の定めがあるから最下位にある市町村農業会の販売統制額は本件販売価格が不当に高価なりや否やの決定につき重大なる標準となるものと謂はねばならない従つて単に右市町村農業会の販売統制額を超過するの一事を以て直ちに本件販売価格の不当なりや否やを決することのできないこと勿論である原判決が市町村農業会の統制額を以て一般肥料販売業者の販売価格も社会通念上右価格を以て相当なりとする旨判示しあるは措辞稍簡に失した嫌ひであるが右は市町村農業会の統制額が一般肥料販売業者である被告人の本件販売価格の不当に高価なりや否やを決する重要なる標準となる趣旨の表示と解すべきこと原判決を通覧すれば明かである而して市町村農業会の統制額は前示告示によれば裸(十貫)五十三円五十銭叺入(十貫)六十三円五十銭俵入(十五貫)八十四円五十銭と定められ市町村農業会が農業会事務所又は倉庫で引渡す場合は右の価格に運賃諸掛の実費を加算し得る旨定められているのであるが原判決によれば被告人は昭和二十二年六、七月頃他より買入れた海藻加里灰裸三百叺入二百叺を福本勇外数名に対し一叺百二十円乃至百四十円の価格を以て売渡し市町村農業会の統制額よりも二万二千十六円を超過した代金六万六千円を受領したというのであるから右販売価格を右市町村農業会の統制額に参酌考慮するときはこれを以て社会通念上不当に高価なる価格なりと認めることができる勿論弁護人主張の如く昭和二十二年八月十三日附指令商工第三千九百八十三号山口県知事告示により一般肥料業販売者の販売格価の統制額が定められその価格も一叺に付(十貫入)百三十円と定められたがこれを以て本件被告人の犯行当時の販売価格を律することはできないから被告人の本件販売価格を不当に高価なるものと認定するの妨げとなるものではない以上の理由により原判決がその認定事実につき物価統制令第九条の二を適用したのに付何等の違法はない論旨はいずれも理由がない。

よつて本件上告を棄却することとし刑事訴訟法施行法第二条旧刑事訴訟法第四百四十六条により主文のように判決する。

(裁判長判事 横山正忠 判事 秋元勇一郎 判事 大賀遼作)

弁護人御園生忠男上告趣意

原審の判決においては「被告人両名は昭和二十二年六、七月頃興国化学工業株式会社萩工場の製造にかかる加里肥料海藻加里灰を深谷政から十貫入裸三百叺分及び篠生農業会から同上叺入二百叺を買入れこれを更に転売するに当り右肥料については昭和二十二年五月十二日附商工第二二二二号山口県知事の指令により市町村農業会の販売価格を十貫入裸五十三円五十銭叺入六十三円五十銭に各運賃諸掛の事実を加算した額を以て統制額とされておつて一般肥料販売業者の販売価格も社会通念上右価格を以て相当とするものにして被告人等が右肥料買受については運賃諸掛として裸三百叺については一叺二十九円十八銭叺入二百叺については十七円四十銭を要したに過ぎないに拘らず被告人両名は法定の除外事由なくして営利の目的を以てその頃犯意を継続して前後七回に亘り防府市大字宮市百十番地合資会社丸大商事の店舗その他において福本勇吉外数名に対し社会通念上不当に高価な一叺百二十円乃至百四十円で売渡し前記指定額は右運賃諸掛を加算した合計四万三千九百八十四円から金二万二千十六円を超過した代金六万六千円を受領したものである」との事実を認定し之に対し物価統制令第九条の二第三十四条刑法第六十条改正前の刑法第五十五条を適用した。

按ずるに物価統制令第九条の二には「価格等は不当に高価なる額を以て之を契約し、支払い又は受領することを得ず」とある。疑問となるは本件販売が不当に高価な額でなされたものか否かという点である。

(一)なるほど原審判決に摘示しているとおり昭和二十二年五月十二日附商工第二二二二号山口県知事の指令には市町村農業会の販売価格を十貫入裸五十三円五十銭叺入六十三円五十銭に各運賃諸掛の実費を加算した額としていることは事実である。しかし一般肥料販売業者の販売価格も社会通念上右市町村農業会の販売価格によるを相当とするという所論には、にわかに賛同し難い。

すでに右指令には萩工場販売価格、県農業会販売価格及び市町村農業会販売価格と三種の統制額を定め且つ一般肥料販売業者の販売価格は定めていない。同じく農業会についても県農業会に市町村農業会との間において販売価格は同一でないそれにも拘らず統制額も定めてない一般肥料販売業者の販売価格は市町村農業会の販売価格による社会通念上相当とするという原審判決の如き結論はどこから出て来るのか。二の点において原審判決は根拠のない独断に基いていると認めざるを得ない。

(二)次に統制額はしばしば経済事情を無視して不当に定められることもあり或は当初妥当であつたものがインフレの昂進につれ不当となる場合も少くない。現に前記指令はその発せられた三ケ月後の昭和二十二年八月十三日指令商工三九八三号で取消され生産者(萩工場)販売価格一叺(十貫)百二十円販売業者(単位農業会又は肥料販売業者)販売価格百三十円(生産者よりの運賃諸掛の実費は含まない)と右肥料の販売価格の統制額が定められた(記録一〇六丁)この指令で注目すべきは一般肥料販売業者の販売価格の統制額が定められたことと市町村農業会の販売価格の統制額が取消された前指令では六十三円五十銭であつたものが一躍百三十円に値上げされたことである。

本件販売が昭和二十二年六、七月頃行われたことは原審判決摘示のとおりであるがその頃にはすでに前指令は事実上経済情勢に適応しないものとなり同指令で律せられない一般肥料業者は百三十円で販売するも社会通念上不当に高価な価格で販売したものとはいえないことが販売の一、二月後における右販売価格統制額の改正により容易に窺知することができる。而して本件販売は一叺百二十円乃至百四十円でなされておりこれは原審判決で認めるとおりである。

この点においても原審判決は右事情を考慮に入れず一般肥料販売業の販売価格は市町村農業会の販売価格によるを社会通念上相当すると簡単に認めることにより軽卒にも盲断に陷るの過誤を犯したものと認めるの外はない。畢竟原審判決は社会通念上不当に高価な額を以て販売していないのに、この販売を目して社会通念上不当に高価な販売をしたものであると認め之に対し物価統制令第九条の二を適用したのである。即ち法令を不当に適用したという法律違背がある。原審判決は破毀を免れないものと思料する。

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